ソニーに42年間勤務し、CDやAIBOの開発を主導した著者による、子供の「生きる力」を伸ばす教育法の解説書です。帝王切開についてかなりネガティブな記載があるので、気になる方にはおすすめしません。
「生きる力」とは、自己研鑽し、集団における調和的な位置を確保し、人生を楽しみ、挑戦して「自己実現にむかう力」だとしています。
著者は、子供の生きる力は、子供が自由意志で取り組んだ時か「引き出す」教育でないと伸びないとしています。本書では、「引き出す」教育を中心にしています。「引き出す」教育を開始する時期としては、優秀な専門家と設備が整っている保育園に0歳から通わせるのが理想といいます。
「生きる力」を伸ばす「引き出す」教育法としては、ルソー、シュタイナー、モンテッソーリ、デューイ、ニイル、グリーンバーグ、斎藤公子などを紹介しています。
家庭で実践できるような内容を知りたい方は期待外れかもしれません。家庭で「引き出す」教育をやるならば、専門的なスキルと泥んこ遊びができる環境があるのが望ましく、家事の合間にできることではないそうです。
家庭でできそうなことは、家庭内では子供が自由意志で物事に取り組めるようにすること、子供を大自然の中に連れていき、思いっきり遊ばせるという、一般によくいわれることくらいになります。保育園や幼稚園を選ぶときの参考にするような書籍です。
また、近代から現代までの日本の教育を解説し、日本の教育は全国一律に知識を伝達する「与える」教育になっているとし、独創性が求められるこれからの時代にそぐわないといいます。また、「与える」教育は、自由を抑制することにより「生きる力」の土台となる自己肯定感を破壊するとしています。
著者は生まれること自体が、自己否定感の要因になると主張します。心理学では「バース(誕生の)トラウマ」というそうです。生きる力の強化はバーストラウマの軽減にかかっていて、それには「無条件の受容」が必要だといいます。
無条件の受容を「生きる力」を伸ばす第1の要素として挙げています。中途半端な受容ではありません。
極端な例では、ニイルの例をあげ、父親のしつけが厳しすぎて破壊癖や盗癖がついている子供と一緒に学校の窓ガラスをわったり、盗みにはいったりした(!!)そうです。入学してきた子供は、校長だったニイルに恐怖の父親のイメージを投影するので、そうすることで父親像がゆらぐとしています。無条件の受容を徹底すると、子供は自ら社会のルールを身につけていくとしています。
子供の問題行動のほとんどはバーストラウマが「モンスター化」した結果だそうです。帝王切開や陣痛促進剤など、出産時の医療介入はバーストラウマを肥大すると断言します。
モンスターについては、心理学や宗教などの視点から分析していますが、このあたりは、あまり共感できませんでした。バーストラウマがあり、それを癒さなければならないという考えは、セラピストが、あるトラウマを深層心理のせい(例えば女性恐怖症の根本原因は母子関係のせい)にするようなもので、二重の意味で疑わしいと感じてしまいます。
まずひとつは、本当にバーストラウマが問題の原因なのか(そもそも存在しているのか)という点。もうひとつは、例えそうだったとしても、バーストラウマを癒すことが解決につながるとは限らないのではないかという点です。
『マシュマロテスト』によると、偏桃体(古い脳の一部)が引き起こす強烈な情動反応(とくに恐れ)は、恐れを生じさせる出来事が起こると同時に知覚した対象に反射的に結び付けられることがあるとします。
つまり、犬につよい恐怖を感じると、犬と恐怖の感情が結びつきます。恐怖を克服するためには、この結びつきを「配線しなおす」必要があります。恐怖心を克服するためには、「恐怖心を見せないモデルを観察し、モデルの誘導と支援を受けながら、自分でやってみて習得するのが最善」であるという研究結果を紹介しています。バーストラウマよりも、科学的なだと思います。
窓ガラスを子供と割ったニイルの例で考えてみると、大人(ニイル)と恐怖の結びつきを配線しなおしたのは、もしかしたらニイルが窓ガラスを割ったからではなく、その他の子供たちがニイルを信頼していて、それに影響(=恐怖心を見せないモデルを観察して習得)されたのではないかという気がします。もちろん、ニイルがそこまでする人だったので、子供たちは信頼していたともいえます。
「生きる力」を伸ばす第2の要素は、大脳新皮質がいろいろなことを学習する前に「古い脳」を鍛えることだそうです。「生きる力」は、大脳の中の「古い脳」の働きを中心とする能力や資質だといいます。生きる力は18項目で定義されていますが、「自己実現へ挑戦する力」「意志の力」「交渉力」などの大脳新皮質(新しい脳)寄りのような気がする力も入っています。
古い脳を活性化する方法として、運動と知能が密接に関係してることに触れ、いくつかの運動を紹介しています。保育士の斎藤公子さんは、独特の体操を考案し、障がいを持った子供にトレーニングをさせたそうです。その結果、自閉症、脳性麻痺、テンカンの子で、乳児期から入園した子はほとんど治癒状態になったそうです。著者はその体操で「古い脳」が活性化するといいます。
本書ではいくつかの教育法が紹介されていますが、サドベリー教育には驚きました。4歳から19歳の子供を対象としていますが、子供には徹底的に遊ぶことが推奨されるそうです。
子供が自ら何かを学びたい時にだけ、教師と交渉して授業を企画することができるそうで、10歳になっても読み書きも、単純な算数もできない子供もいるそうです。ただし、例外なく15歳には誰でも読み書きができるようになるそうですし、小学校6年間の数学は24時間程度で完璧になり、ひいては高い学力を身につけるようになるとしています。
著者はその理由として2点挙げています。ひとつは、遊びつくした子供は学習意欲が高まるということ。もうひとつは、ミハイ・チクセントミハイが提唱したフロー理論で説明しています。フローとは、極限の集中状態です。著者はフローにより、高い潜在能力を発揮するといいます。サドベリー校の子供たちは、遊びを通して日常的にフローを体験して習慣化しているので、学習でもフローに入りやすく、学習効果も高いとしています。
フローは、「生きる」力を伸ばす第3の要素です。著者は「フロー」状態になる方法として、完全な自由を与えることと言います。さまざまな年齢の子供と遊び、教師からよりも年長の子から多くを教わり、年少の子を指導することで自らを高め、教師は消極的な方がいいとします。
モンテッソーリやグリーンバーグ教育では褒めることもしないそうですが、一般の教育では子供たちは常に指示や命令され自己否定状態になっている子供が多く、褒めるという行為は自己否定を軽減する役割があるのではないかという考察も付け加えています。
教えれば教えるほど、情動や知性の発達を妨げることがあるともしています。ペーパーテストも、12歳を過ぎるまではしない方がいいそうです。
入社試験の面接官をした経験から、学歴や成績は入社後の活躍の判断材料にはならず、技術系なら卒論や修論への取り組みを聞けば間違いなく、その他ではクラブ活動や地域活動での役割、熱中する趣味があるかなどを参考にしていたそうです。
面白いなと思ったのは、『グリット』にも、課外活動の継続と成果(同書では「やり抜く力」)を聞けば、学業や仕事の成功を予測できるというウォーレン・ウィリンガムの実験が紹介されていたからです。ハーバード大やグーグルでも「やり抜く力」を重視して志願者を選考しているそうです。
面接官は経験から、何かに打ち込んできたことが重要な判断材料になると分かっているものなのだなと思いました。(ウィリンガムの実験は1987年のものなので、著者がこの実験を知っていた可能性もありますが。)
さらに、著者が研究所を立ち上げた時に15名の精鋭のエンジニアを選抜したそうですが、プロ級のミュージシャンが4名、趣味で自家製ビールを作る人が3名いたそうです。仕事ができる人は遊び心に満ちていて、豊かな子供時代を過ごしているとしています。
「生きる」力を伸ばす第4の要素は、大自然です。大自然により、仏教でいうところの「仏性」、ヒンズー教でいうところの「アートマン」、ユングのいうところの「神々の萌芽」である「野生の自分」が活動するといいます。「野生の自分」が活動すると、子供は善良で誠実で「生きる力」の強い子に育つそうです。
「野生の自分」が活動することで善良で誠実になるかは分からないのですが、大自然がいい影響をあたえそうなことは確かだと直感はします。
自然体験が多いほど、正義感・思いやりに基づく行動が多く、自尊感情や自主自立の意識が強い傾向があるという調査結果もあります( 国立青少年教育復興機構の「高校生の生活と意識に関する調査~日本・米国・韓国の比較~(2015年)」 )。
もちろん、大自然が自尊感情や自主自立の意識を高めたのでははなく、もともと意識が高い人ほど、アウトドア志向があるだけかもしれませんが。
著者:天外 伺朗
発行日:2011年10月11日
対象年齢:0歳~
おすすめ度:★★☆☆☆
面白かった度:★★☆☆☆