この本のテーマは、頭のいい子は遺伝でどの程度決まるのか、育つ環境はどのくらい影響を与えるのか、です。
遺伝と環境……、これまでも何度も語られ、調査されてきたテーマです。著者の主張は、それらの調査では遺伝の影響が大きく出すぎている、実際には思っているより環境の影響が大きいよ、ということです。しかし、環境の影響が大きいからといって、親が何かできる余地が大いにあるというわけではありません。
あくまで学術的に環境と遺伝を分けたら、言われているよりも環境の影響が大きい、という本です。
例えば、美人の一卵性の双子の性格が似ているのは、遺伝のせいでなく、周りの人が同じように接したからだ、と言われたところで、親には何ができるでしょうか……?
美人は積極的な傾向があるといわれます。周りの人からポジティブな反応があり、拒まれることも少ないだろうということを考えると当然かもしれません。もし、普通の容姿の子に周りが美人にするのと同じように接してくれれば、同じく積極的になるかもしれません。しかし、親のコントロールできる範囲を超えています。
環境の影響が大きいとしても、親ができることはあまりないんですね……。しかし、参考になることもありますし、知能ってなんだろう?と興味のある方にはおすすめの本です。
知能とは何なのか?
知能を語るうえで、知能とは何なのか、という議論は避けて通れません。
知能の定義は、文化によってさまざまです。例えば、東アジアやアフリカでは、他者を理解したり共感する能力を知能と考える傾向があるといいます。確かに、日本人からすると、いわゆるKYな(空気を読めない)人は、知的とは思われません。しかし、他者の感情よりも論理的な主張を重視する文化では、共感力を知能とみなさないようです。
一般的に思い浮かべる「知能」のイメージは、一般知能(g因子)と呼ばれます。一般知能が高い人は、地頭が良い人といったところです。一般知能には、「流動性知能」と「結晶性知能」という2つの要素があります。
「流動性知能」は、未経験の抽象的な問題を解く能力で、「結晶性知能」は蓄積した知識で問題解決する能力です。「流動性知能」は、若いうち(10代後半くらい)に下降する一方で、「結晶性知能」は50歳くらいまで上昇し、70歳でも高い水準にあるようです(年齢には異論もあるらしいのですが、流動性知性が早く衰えるのは間違いないみたいです)。
※一般知能についてより知りたい場合には、『夢をかなえる能』が育児の面からも読みやすく説明しています。学術的に深く興味がある方は‟フリン効果”のジェームズ・R・フリン著『なぜ人類のIQは上がり続けているのか?』がおすすめです。
IQと学業成績の相関は、0.5くらいだといいます(相関係数は「1」が最大で、「0」だと無関係)。個人的には思ったより相関は強くないと感じました。もちろん、ある程度の関連はありますが、その他の要因が大きいという印象です。
IQテストで測れるのは、知能の一部だけ
IQは、知能の絶対的な指標ではありません。
IQテストは、「分析的知能」といわれ、それとは別に「実践的知能」や「創造的知能」という知能も提唱されているそうです。IQテストが、紙の上の情報で完結する問題であるのに対して、「実践的知能」を測るには日常に関連して答えが一つでない問題、例えば参加者のことを一人もしらないパーティに参加する、といった質問が使われるとのこと。「創造的知能」は、物語を創作させるなどして測ります。
「実践的知能」や「創造的知能」といった指標を使うと、IQだけの時よりも、学業や仕事のできに対する予測力を向上できたそうです。IQというのは、知能の一部を測っているにすぎないわけですね。
IQで測れない知能の側面として、この手の書籍では、お馴染みのマシュマロテストやアンジェラ・ダックワース(『GRIT』の著者)についても言及します。
幼児期に我慢できる時間が長いほど社会的に成功したというマシュマロテストについては、賢い幼児が長い遅延時間を示したのかもしれないとしつつ、もっともな説明として、誘惑に耐えられる子供ほと、大きくなってから勉強に集中できるのではないかとしています。
アンジェラ・ダックワースとマーティン・セリグマンの動機づけの指標は、IQテストよりも成績の予測精度が高かったことを紹介しています。
その上で、やはりIQは成績や社会的な成果と相関があるといいます。IQテストの結果が一番データが豊富なので、本書でもIQをメインに知能についての主張が展開されます。
家庭環境がIQに与える影響
ある調査によると、血のつながっていない義理の親子のIQの相関は0.20でした。養子で血のつながらない兄弟のIQの相関は0.26です。これらの例では、遺伝子を共有していないので、似ているのは、環境の影響だと考えられます。
しかし、子供が成人すると、相関はほぼ0になります。子供の頃は家庭での知的な活動が子供のIQに影響を与えますが、成人するとほとんどその影響は残らないということです。本書には残念ながら、成人した時に相関がほとんどなくなることについては、あまり書かれていません。
環境の影響は実はもっと大きい?
環境と遺伝、どちらがどれだけIQに影響を与えているのか?このことを明らかにしようとする研究では、一卵性双子の調査がよく行われます。たいていは、別々に育った一卵性双子が似ている=遺伝の影響が強いというように語られますが、著者はいくつかの理由で反論します。
- 別々に育つといっても、実はほとんどのケースでは親戚が育てるので、似たような環境で育っている
- 一卵性双生児の外見が似ているので、他人が同じように接して、同じような経験をするから似てしまう
- 生まれる前の子宮環境が同じ
これらは、環境の影響ですが、調査をするときには遺伝の影響とされてしまいます。そのため、さまざまな調査でいわれるほど、遺伝の影響は大きくないのではないか、というのが著者の主張です。
さらに、わずかな遺伝的な強みが経験に影響を与え、結果としてIQを大きく引き上げる可能性があるという説をとりあげます。好奇心がわずかに優れている子は、親や先生に励まされる機会が多く、勉強が報われることを知り、他の知的活動にも取り組むようになる、というように、少しの強みが環境で増幅される可能性があります。このような環境の影響も、遺伝と区別がつかないので、環境の役割が低く見積もられてしまう一因だといいます。
しかし、例えこのような理由から環境の影響が大きいとしても、親にできることはそうそうありません。我が子が平凡だとして、周囲の人に賢い子にするのと同様に接することを望むのは難しいでしょう。できるとしたら、親自身が、子供の能力が平凡でも劣っていても、常に励まされるように接するくらいです。
格差社会だと、遺伝の影響は階級によって異なる
同じような栄養の土に2つの種をまいて発芽させたとして、2つの芽の違いがあれば、それは遺伝的なものが大きいでしょう。もし、栄養のない土と栄養豊富な土にそれぞれ種をまいたら、種の遺伝的な特性よりも、土の栄養状態=環境が成長に大きく影響するでしょう。
アメリカのように経済格差が大きい社会では、社会階級によって環境の及ぼす影響が異なります。ある調査では、恵まれている家庭の子の場合、IQの遺伝性が0.70と高い数値になるのに対して、貧しい家庭の場合、なんと約0.10だったそうです。恵まれている家庭は、どこもに通っているので、子供の環境はさほど変わりがありません。たいていは教育にも関心が高いです。しかし、恵まれない家庭の場合は、教育に熱心な家庭もあれば、教育に関心のない家庭まであります。そのため、環境が遺伝を圧倒してしまうようです。
地頭のよい子はどこで育っても賢い?
地頭のよい子は、どこで育っても賢くなるのかもしれません。
恵まれた家庭の親から親まれた子は、恵まれない家庭で育っても、恵まれない家庭の親から生まれた子より賢い傾向があるそうです。一方で、恵まれた家庭で育てられると、親が恵まれない家庭の子であっても、賢くなる傾向があったそうです。
ちなみに、この本には書かれていませんが、別の調査によると、恵まれた家庭で育ったことによるIQへの好印象は年齢とともに低下します。しかしながら、長期的に見てもなくなるわけではないようで、よい家庭環境で育つ意味はあると思われます。(『子育ての大誤解』)
また、恵まれない家庭の子は行動に問題があることが、そうでない場合より多くあります。その場合、本人だけでなく、そうした子供と関係する全員が悪い影響を受けるといいます。学級崩壊などはその最たる例ですね。
日本では、アメリカと違って、どの家庭でも環境は似通っているので、持って生まれた知能の影響が大きいケースが多いと思います。学区の学校が荒れている場合に無理をしても私立にいかせたり、節約をして子供の興味のある習い事をさせる、などということは、子供のIQに影響を及ぼすかもしれません。地頭のよい子であれば、あまり気にすることはないのかもしれませんが。
学校が子供を賢くする!夏休み後は知力が落ちる
学校に行かないとIQが低下します。貧しい家庭の子ども、高学年の子の方が大きな影響を受けるといわれます。また、学校に通うのが遅くなると、その分、IQが低下し、学校に通ってからも遅れは取り戻すのは困難だそうです。学校での1年間は年齢での2年分に相当するといいます。
また、学校に対する態度が真剣なほど賢い傾向があるのは納得ですが、学校教育が長いほど賢いという傾向もあります。この辺りは前述の『なぜ人類のIQは上がり続けているのか?』の方が詳しく解説しています。
教師はベテランでなくてもいいが、1年目の教師は避けたい⁉
教師の経験が子供の学力に影響を与えるのは、教師1年目の時だけだそうです。
ベテランの先生である必要はありませんが、選べるのであれば、1年目の教師は避けた方がよいかもしれません。しかし、現実問題としては先生を選ぶのは困難ですよね…。
コンピュータは、算数と理科で特に効果的
子供のレベルにあった教材が与えられ、取り組み方に応じて具体的なアドバイスが示されるようなコンピュータによる指導は、学習の効果を高めるそうです。
特に数学と理科で高い効果を期待できます。日本だと、小学生になったら、チャレンジタッチを始めてみるのがいいと思います。
優れた家庭教師は肯定的な声かけが少ない
優秀な家庭教師の条件として、5つの「C」を上げています。
- Control(コントロール):
生徒が自分で課題をクリアできていると感じさせること。自己効力感ですね。 - Challenge(挑戦):
生徒にチャレンジさせるけれど、がんばればできる難易度にとどめること。挑戦と達成をワンセットにしてドーパミンでやる気をアップ! - Confidence(自信):
間違いの理由を示し、正解を評価する。 - Curiosity(好奇心):
表面的には違っているもの同士を結び付け、生徒の好奇心を育む。 - Contextualize(文脈):
問題を現実世界のものに関連させ、意味を与える。
また、優秀な講師ほど肯定的なフィードバックが少なかったとしています。生徒が過度に評価を受けているように感じるから、と著者はいいますが、結果を褒めると失敗を恐れるようになること、褒めることでやる気がなくなる可能性があるということもあるでしょう。
幼児教育は超重要
幼児教育は非常に費用対効果が高いことが知られていますが、この本でもいくつかの事例をとりあげています。特に貧しい家庭の子供に効果的ですが、そうでなくてもよい影響を期待できると思います。
有名な「ペリー就学前プログラム」は、3歳児を対象にした2年間のプログラムです。IQは10歳でその効果がなくなってしまいますが、幼少期に育まれた非認知能力が、大人になっても、学力や経済的・社会的な成功につながったと考えられます。
「ミルウォーキープロジェクト」は、貧しい地域の子供を対象に、生後6か月から小学校入学までの保育プログラムを中心にしています。プログラムを受けた子は、そうでない子と比較して、4年生までの学力テストの点が高かったということですが、対象人数が少ないため効果の判断は難しいようです。
「ABCプログラム」は、恵まれない環境の子供を対象にした、生後6か月から幼稚園までのプログラムです。このプログラムを受けた子供は、そうでない子供(統制群)と比較してIQが高く、大学への進学率が高いなどの成果がありました。「ABCプログラム」の結果をみると、特に貧しい家庭においては、幼稚園に入る前に0歳から幼児教育を受けさせる効果が期待できます。
アジア人は賢い!?
著者は、アジア人の子供の成績がよいのは、IQが高いからではないといいます。ちゃんと比較した調査では、東アジア人のIQは、アメリカ人よりわずかに低くなることが多いようです。しかし、成績はアジア人が高いのです。
その原因は、アジア人の子供のモチベーションと、努力によるものだとしています。そして、アジア人は、「この本を読まなくても、知能や知的効果は大きく変えることを知っている」といいます。成績について、アジア人は勉強の結果だと考える一方、ヨーロッパ系アメリカ人は、生まれ持った能力や教師の良し悪しだと考える傾向があるそうです。
アジア人のもうひとつの強みが、失敗するとますます必死で取り組む点だといいます。失敗した後の取り組みを調べたある実験では、カナダ人は失敗すると粘り強さがなくなりましたが、日本人は、失敗した時の方が粘り強く取り組みました。著作は、「失敗した時の粘り強さこそ、自己向上というアジアの伝統」だといいます。
さらに、アジア人は相互協調的な集団であるのに対して、西洋人は個人主義だといいます。アジア人にとっての成功は家族のためで、成績は才能でなく意志の問題だと思っているので、家族がよい成績を望むのは当然。子供は最善を尽くす以外の選択肢はないといいます。
背景を見る日本人
前述したようなアジアと西洋の文化の違いを明らかにした実験があります。
アニメのフィルムを一瞬見せて、見たものを答えさせる実験では、アメリカ人は主に最も目立つものに注目し、日本人、背景の細部についてアメリカ人より60%多く語ったそうです。
日本人は論理的思考や議論が苦手だといわれます。東洋の思考回路では意見の相違があれば、対立を避けるために折り合いをようとする傾向があります。西洋人は関係性よりも、規則や分類を重視し、論理的に思考をする傾向があります。著者は、西洋のこのような傾向が科学の発展に寄与したと主張します。
西洋の個人主義は、成績にはよい影響を与えないかもしれませんが、イノベーションや芸術、科学の高い成果に結びついているのではないかと思います。学力を高めつつ、科学にも強い、そんな文化があるのでしょうか?それは、ユダヤ人の文化です!
ユダヤ人の類まれな成功
アシュケナージ系(ドイツ・ポーランド・ロシア系)のユダヤ人は、ノーベル賞受賞者を、世界でのユダヤ人の人口比率にたいして50倍~100倍も排出しているそうです。
アメリカ人の科学分野のノーベル賞受賞者でも、人口比率では2%にすぎないユダヤ系アメリカ人が27~40%を占めるそうです。名門私立大学(Ivy League)の学生は33%がユダヤ人で、名門大学にはユダヤ人の教授も多いとします。
ユダヤ人、特にアシュケナージ系のIQは高い、というデータがありますが、知的分野での成功はIQから予想されるよりはるかに高いようです。
- ユダヤ人の母親は家庭に大きな影響力を持っており、その影響力は教育や知的成果への向けられる
- 教育は重要で、家計を犠牲にしてもかまわない
と著者は分析していますが、母親の影響というよりも、ユダヤ人の文化をもった友人の影響が大きいのではないかと思います。そのため、家庭だけでユダヤ的な育児をしても意味がない可能性あります。
ユダヤ人の成功は、西洋的な論理的な思考力と、アジア的な粘り強さの合わせ技だと思います。日本で取り組むのであれば、論理的な思考が身に着くような課外活動をするのがよいのではないかと思います。プレゼンをしたり、弁論をしたりする機会のある習い事とかですね。
自宅では、何かを主張する時に理由を言うようにしたり、議論をする機会を持つといいかもしれません。まず、親が論理的な思考と主張ができないとダメなのですが。
知能を高めるには?
最後には、家庭でできる知能を高める取り組みを著者がアドバイスします。
- プレッシャーをかけ過ぎない
- レベルの高い語彙を使って会話をする
- 好奇心を刺激する言葉かけ
- 子供だけでなく、大人にとっても運動は脳によい
運動をすることで脳に供給される血液が増えます。心肺トレーニングだけでなく、筋力トレーニングも組み合わせた方がよいそうです。中年時代に運動をした人が、70代になってアルツハイマー病になる確率は、しなかった人と比べて三分の一だそうです。 - 自制心は、持って生まれた知能レベルよりも、学力に大きく寄与する
しかし、自制心を高める方法ははっきりとはわかっていません。子供が我慢するのを励ます、大人自身ががまんして、より大きな成果を手にする背中を見せる……、などが効果があるかもしれません。 - 努力すればできるのだ、と信じる
日本人の子供なら、友人や学校の影響で、自然にそのような考えになる可能性が高いので、家庭でも努力を否定しないようにしましょう。 - 子供が興味をもってやっている活動に褒美を与えない、褒めすぎない
- ユダヤ人やアジア人のように、親が成果を求めることも効果をもたらす
(個人的にはこの点は懐疑的です。子供の意思で自由にやらせた方がいいと思う)
著者からのいろいろなアドバイスはありますが、大人になれば家庭で働きかけた効果はほとんどなくなるので、子供とよい関係を築き、よい環境を与えるのが親の数少ないやれることと個人的には思っています。
ちなみに、胎児期の栄養状態が悪くても知能に影響はないということなので、悪阻で苦しい妊婦さんは安心ですね。