人口が少ないのにも関わらず活躍するユダヤ人。ユダヤ人の総人口は1300万人で、アメリカの人口の2.2パーセントにすぎないのに、ノーベル賞受賞者の22パーセントを占める……。
その背景に、頭脳はたったひとつの資産であり、大富豪より、科学者、文学者、芸術家、社会に奉仕する人々を尊敬することという価値観があるそうです。
本書は、「家庭でどのように子供と接するか」という点においては参考になると思います。しかし、家庭でどのように取り組んでもユダヤ式の「天才教育」にはならないということは、本書を読むにあたって認識しておくべきことです。
日本でユダヤ式の「天才教育」ができない理由
本書には書かれていませんが、そもそもなぜ移民先のアメリカでユダヤ人文化が残っているのでしょうか。家族が単独で移民すると、もともとの文化はすぐに消滅します。なぜなら、子供は家庭ではなく、コミュニティの文化に馴染むからです。2世は、移民先に馴染んでしまうんですね。
しかし、移民が多く集まる地区や学校があるなど、ある程度の人が集まる環境があれば文化は残り続けます。アメリカでユダヤ文化が消えないのは、ユダヤ人コミュニティがあるからです。
ユダヤ人が優秀であったり、優秀さを伸ばしていく価値観を持って成長するのは、家庭教育によるものではなく、ユダヤ文化に属しているからです。ユダヤ人コミュニティの存在こそがユダヤ人の価値観の源泉なのです。子供に影響を及ぼすのは、家庭ではなく、子供をとりまく社会なのだから。
だから、家庭教育だけをまねしても子供に与える影響は限定的で、本当にユダヤ人のように育てたいのであれば、ユダヤ人の集まる学校に通わせるくらいのことをしないと意味がありません。
行動遺伝学の研究では、家庭での育児の方針は子供の性格や知性にほとんど影響を及ぼさないことは常識になっています。ユダヤ人の家庭教育を取り入れて子供を育てたら、ユダヤ人のように優秀になれるかもしれないよ!というのが本書のメッセージですが、科学的にはその可能性は低いでしょう。
とはいえ、職業の選択については、家庭の影響が出るといわれているので、ユダヤ文化のように、富豪よりも、学者や社会に奉仕する人を尊敬し、実際に親がそのような職業に就くのは意味があるかもしれません。
ユダヤ人家庭の教育法
著者苦によると、ユダヤ人の親の多くが挙げる教育法は次の3つとのこと。
- 良い成績を取れ、と子供にハッパをかけない。
- 家にはかなりの数の本を常に揃え、親子で読書を楽しむ。
- いろいろなものを見せ、経験させるために、しょっちゅう子供と一緒に外出する。
それぞれについて、個人的に思うことは次の通りです。
(1)良い成績を取れと、子供にハッパをかけない
そりゃそうだろうなと思います。良い成績に対してご褒美をあげるのことも、たいていは意味がありません。
(2)親子で読書を楽しむ
著者は、子供が本を好きになるように、家庭で工夫するよう提案しますが、子供は親より友達の影響を強く受けるので、読書をする文化がある学校に通う方が効果があると思います。
しかし、アメリカの黒人社会のように、読書をバカにする子供文化は日本にはあまりないので、親が読書を楽しめば、余暇の過ごし方として、子供が影響を受ける可能性はあるかもしれません(余暇の過ごし方には、家庭の影響が出る)。
(3)いろいろなものを見せ、経験させる
著者のいう通り、いろいろな体験をさせて、子供が夢中になるものを見つける手助けをするのは、大事なことです。親が子供にしてあげられる数少ないことだと思います。
ちなみに、子供は親から遺伝子を半分ずつ受け取るため、親の趣味趣向と似ている可能性はあります。そのため、子供が何をしたいのか分からない場合は、まずは、親の興味のあることをやらせてみるというのは選択肢の一つです。
しかし、実際には、遺伝子の複雑な組み合わせにより、親子といえどもまったくの別人になります。半分は父親で半分は母親……、ということではなく、遺伝的にまったく違う存在なのです。物事に対する得意不得意や好き嫌いなどは、遺伝の影響を強く受けるため、子供が興味を持っていないのに、親の趣味を押し付けることは合理的ではありません。
教えるのではなく、「引き出す」のがユダヤ式教育法
著者は、ユダヤ人の教育は何かを与えたり、強要する教育でなく、子供の能力を引き出す教育だといいます。日本でも同様に考える家庭は多いのではないでしょうか。
生得的なものに逆らうよりも、子供の興味や才能を引き出して、子供が熱中してくれた方が、親も楽です。子供に無理やり何かをやらせるほど骨が折れることはありません。大人になると性格の8割は遺伝で説明できると言わるので、無理をさせてもいずれは子供は自分の心に従って生きていくのです。
また、親は小学生以上の子供に与えたり、強要することはやめるべき、というのが私の考えです。正しく言うと、親が小学生以上の子供に教えられることは何もない、と考えています。親ができるのは、子供の能力を引き出す環境を与えることだけです。
ユダヤ式の教育法の取り組み方
ユダヤ式の教育法は、「正しい親バカ」になり、子供への信頼をベースに7つのレシピを繰り返すこと、といいます。
次は、7つのレシピについての、個人的な感想です。
レシピ1.本をあげる
ユダヤ人家庭には本がたくさんあるそうです。
面白いなと思ったのは、「本をご褒美にする」という発想です。楽しんでやっていることにご褒美をあげると、むしろやる気がなくなるといわれています。ですので、本を読んだらご褒美をあげるというのは逆効果になる可能性が大いにあるのですが、「ご褒美として本をあげる」というのは、すごい発想だなと思いました。本=ご褒美と疑うことのないユダヤ人家庭ではあたり前なのでしょうか。
我が家では、「ご褒美」をあげること自体が親の上から目線と思っているので、ご褒美をあげることはないのですが、本はしばしばプレゼントするようにしています。
本棚の作り方も解説していますが、リビングに本棚を置いた方がよいという点と、親が読んだ方がいいというのは我が家でも同感です。本が苦手な方もいるかもしれませんが、無理に文学を読む必要はありません。興味のある分野の本や雑誌、マンガでもよいと思います。
レシピ2.子供を観察する
子供が何に興味をもっているか観察し、興味を深掘りしたり、広げたりする環境(本や博物館とか)を与えることをすすめています。また、子供に将来の道を自由に選ばせることもユダヤ人の家庭では一般的といいます。日本でもそのような家庭は多いのではないでしょうか。我が家も子供自身に関わることは子供の選択を尊重するようにしています。
レシピ3.体験させる
博物館、美術館、史跡など、上質な情報に触れさせ、体験させることが大事といいます。
遊園地のような受け身の施設でなく、子供が自分の力で考えられるような場所がいいというのは同感です。夢の国は、大人が思うほど子供は楽しくないのです。
レシピ4.コミュニケーション
親の意見を伝えたら子供の意見も聞く、子供が意見を言ったら、まずは肯定する、子供に質問されて答えが分からなかったら一緒に答えを探す、というのがコミュニケーションのポイントだそうです。
インプットよりもアウトプットの方が学習効果が高いといわれるので、なるべく子供にアウトプットさせるというのは一理あると思います(もちろん強制せず、自然な会話の中で)。
また、ユダヤ人家庭では、親子で議論を戦わせるのは普通のことだそうです。日本人は、意見の相違があれば、早々に折り合いを付けようとするので、議論することがほとんどありません。このことは、日本人が論理的な思考が苦手になっている理由だと思います。日本では、学校でも友人とも議論の機会がないので、家庭で議論することで、論理的な思考が鍛えられればよいかもしれません。しかし、そもそも日本人の親自体が論理的な思考が苦手だったりするので、親のトレーニングも必要です。
レシピ5.言葉と態度で子供への信頼を示す
子供を信頼していることを言葉と態度で示すべし、そのために、まずは他の子との比較をやめるように、といいます。
他の子と比較してしまう人には、本書の中の「自分が本当に好きなこと、やりたいことを見つけられれば、それは成功したと同じ」「自分が本当にやりたいことをしていれば、子供は必ずハッピーになれる」という言葉が参考になると思います。私も同感です。やりたいことは、子供ごとに違います。子供がやりたいことを見つけられたらラッキー!それに懸命に取り組めればハッピーなことです。他人と比較しても意味がありません。
また、学校で子供が問題を起こした場合、子供が正しいのか曖昧な時は、常に子供が正しいという前提で物事を進めてはどうかと提案します。親バカだと思われても、気にすることはない、と。
さらには、学校に非があり、後日子供を傷つける可能性がないのであれば、学校に対して「非があるのはあなたたちだ」と伝えましょう、というのですが、日本では難しそうだなと思いました。たいてい非があるような学校は、後日子供を傷つける可能性を排除できない上、日本では否定されると恨まれたり、関係を悪化させるリスクが高く、現実的ではない気がします。
レシピ6.「あなたがボス」であることを忘れずに
この項目は共感できませんでした。著者は、「倫理観やその他の、人間としての基本を身につけさせるのは、他ならぬ親であるあなた」「子供に、一体誰がボスなのか、繰り返しわからせる」と言い切ります。
きっと著者は、子供が悪い行いをしたら、その親のせいだと思うのでしょうね。
我が家では親子は対等です。3歳になったら自立開始、5歳で大人に、小学生は一人前という認識です。もちろん、親がボスになることはありません。子供が悪いことをしても、親が言えるのは「私は正しくないと思う」ということだけで、後は子供が考え、社会の中で答えを見つけることです。
7つ目のレシピは、時期がきたら親離れさせよう、となっています。そこでは、大学を卒業してニートになりかけた兄を追い出した母親のエピソードを紹介していますが、前述の通り、我が家は「親離れ」という概念はなく、3歳になったら親が子供離れ(卒親)する、という考えです。
最後に
家庭の教育だけで、ユダヤ文化の強みを実現することはできないと思いますが、子供との接し方や、家庭での取り組みについては共感する部分も多くありました。ただ、そういう観点は、特に目新しいことはないと感じる方も多くいると思います。